【体験談】転職先はブラック企業

転職先はブラック企業第10話「病気になりそう」

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クレーム後。ブラック企業の毎日は病気になりそう

7月中旬の金曜日。僕は一面ガラス張りの窓から東京のビル群を眺めていた。移転したばかりの高層ビルからは、新宿の夜景が美しく見える。

下を見れば、居酒屋帰りだろうか、スーツをよれよれに崩したサラリーマンたちがよろけながら歩いている。

深夜一時からのミーティングが定例化して久しい。午前中は訪問のための資料作成。午後はアポ。出先では携帯とWi-Fiを駆使して社内のデザイナー陣と連絡をとる。ホームページ制作の遅れを少しでも減らすためだ。それから社内に帰ってきて、ミーティング、ミーティング、ミーティング……

自分たちのタスクをこなせないまま日付が変わる。そこからやっと、進行中のホームページの出来を見る。ちょっとチェックしたらもう深夜の一時。案件整理のミーティングの時間だ。

「俺も飲んで歩きてえよ……」

呪うように重くつぶやく。夜遊びに行くなんてふざけてはいけない。まだ仕事があるのだ。終わらない、終わらない、僕らの仕事量はまるで、無限増殖するウイルスのようだ。

病気。そう、この毎日は病的だ。病気になりそうな毎日だ。

そんな現実を直視できなくて、僕は毎晩、ミーティングが終わるたびに東京の夜を見下ろしていた。外に面した壁が全面ガラス張りの、この会議室からの長めがお気に入りだ。

景色は美しいし、ギスギスしたオフィスからも遠ざかった気がする。そして、別のビルの一室で明かりが灯っているのを見ると、思うのだ。「ああ、あそこもまだ頑張っているんだなあ」と。こんなに辛いのは僕だけじゃない。そう思考をリセットし、まだデスクに向かう。

頑張ろう、まだ、午前三時半。

ブラック企業の日々は病気になりそう1:客先に常駐する上司

ホームページ制作は、入念に入念なチェック体制を導入したことによって改善の動きを見せていた。

ホームページ制作の旗振り役で入っているコンサル会社「頭脳警察」を怒らせないよう、まずは細かいバグをなくすことが大事だ。そのために、出来上がったデザインは印刷までして済から済まで見る。誤字脱字があったら即座にデザイナーに突き返す。

「しょうきち〜、あんたホント細かいよね〜」

と、キャバ嬢出身のデザイナー(社長がなぜかキャバクラからスカウトしてきた)は面倒臭そうに指示書を見る。仕方ないのだ。許せ。そしてお前は仕事しながらネイルをいじるんじゃない。

さて、僕の上司はと言うと、客先に常駐することを決めた。きっかけはこうだ。

「おい、お前ら!」

社長が僕らを突然呼びつけた。

「お前らさ、頭脳警察が考えてる、お前らに対する問題意識ってわかってんの?」

「はい、納期遅延です」

「それだけ?」

「は?」

「だから、ほんっとにそれだけなんかってきいてんの」

ジャンプを読みながらではあるが、社長の言っていることは正しい。少しはワンピースではなく社員の顔も見てほしいものである。

「向こうもさ、クライアントがムリにデザイン変更とかするのも困ってるはずじゃん。だったら、ここまでお前らにあたらないよね。もっと他に、お前らが嫌われる理由があるからこの前みたいにとっちめられるんじゃないの?」

なるほど。

確かに一理あるかもしれない。

この言葉を完全に丸呑みした上司は、なんと頭脳警察のエントランス(カフェスペースみたいになっていてミーティングもできる)に常駐しはじめた。

まずは仲の良いコンサルタントを呼び、うちの課題を聞きつけ、その流れで新しい案件を紹介してくれそうなコンサルタントを紹介してもらう。つまり、なんと、客先内での社内営業をしはじめた。このやりこみようがブラック企業じみていると言えよう。

それだけならまだしも、勝手にコンセントを借りて充電しだしたり、コンビニで買ったおにぎりをこっそり食べたり、仮眠を取ったりもしている。ここは紛れもなく客先のオフィスである。これはビジネスで来ている度を越している、もはや住んでいる人だ。

9時からオフィスが閉まる10時頃までいるので、頭脳警察のチームリーダー・後藤からは「家賃取りますよ?」と言われるまでになった。

しかしながら、この行為は非常に目立つ上、営業効率が凄まじく良い。プライドを完全に投げ捨てた結果、課題の発見どころか受注の大幅増にまで到った。

この成果もブラック企業体質のおかげかもしれない。決してほめられた手段ではないのだが……

ブラック企業の日々は病気になりそう2:ラーメンで体を癒やす日々

そんな僕の心を支えてくれたのは、毎週末の休日出勤の日に食べるラーメンだった。とりわけ好きなのがラーメン凪だ。

短パン、Tシャツで仕事に向かい、土曜10時から始まる勉強会に出て、昼に忌まわしきオフィスを抜け出して食べる熱々のにぼしラーメン。味は当然濃い目でないとダメだ。午後の過重労働に押し負ける。

注文してから数分、このためだけに今週頑張ってきたと自分の頑張りを回想し、テンションを上げる。そして「おまちどうさま!」の声の瞬間、レンゲにとびついてスープを一口。

あ〜、うまい。

脳天を貫くような塩味、煮干しの香り。魚の旨味をこれだけ贅沢に味わって良いものなのか。アクセントにシャキシャキのネギ。いつも、いつ来てもシャキシャキなのが嬉しい。極太なのもなお良い。ワシワシ食べる太麺を噛み締めながら、炭水化物をチャージする。

よし、今日も負けない。こんなにうまいスープを作るのだって、きっと深夜まで仕込んでないとできないのだ。魂のこもった仕事は、時間をかけないとできない。仕方がないんだ。

頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう……

ブラック企業の日々は病気になりそう3:確実に蝕まれる健康

このあたりから、体から異臭が漂い始めた。

体から、脂っぽい匂いがするのだ。クロワッサンの香りとも言われる。

おそらく、食べたものを代謝しきれないのだろう。とは言っても、病院に行く暇もないし、行ったところでどうなることやら、である。

健康の優先順位はものすごい勢いで急降下し、蓋をしてなるべく見たくないものの筆頭として考えられるようになった。

冷静に考えてみると、この思考こそが、病気だと言えるのかもしれない。

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