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宴会終了後、メンズサウナで給料について話す
僕らの地獄の宴会は無事、ホテルから出禁を食らう形で終了した。ローションや生クリーム等で床をベトベトにして汚した罰である。
ゴミあさりでもしたかのように汚れている僕らは、そのまま歌舞伎町のメンズサウナへと向かった。ビルに入ると、挨拶をしようとした中国人の店主が顔をしかめる。店主はホームレスでも見るかのような汚い目線で、一人1200円の料金をむしり取っていく。
「ようやく終わったね~」
マゾ彦が気の抜けたようなしゃべりで話しかけてくる。ああ、その通りだ。やっと終わった。この1ヶ月ほど、宴会の準備とクレーム対応でろくに眠れていない。ようやく、一息つけそうなのだ。
「ああ、そうだね。ようやく終わった」
クリームの油でベトベトになった体をあたたかなシャワーで洗い流すのは心地よかった。ほんの短い時間だが、会社から、仕事から、解放される気分になる。これなら1200円も安いものだった。1日の中で、風呂に入れる時間が一番心地よい。
1200円は痛い。しかし、僕らは給料をほとんど使えない。だから、それくらい贅沢してもいいのだ。メシと風呂くらいにしか、使いみちはないのだから。
ブラック企業の給料1:ブラック企業とIPO
湯船に入ると、マゾ彦が話しかけてくる。
「株の話さ~、どう思う?」
「株?」
「聞いてなかったの?株式公開の話だよ~」
「IPOか。宴会の前にしてたよな、そんな話」
「うちのクライアントのガッツ・コーポレーション社の取締役の中島さんっていると思うんだけどさ~、あの人、IPOで億単位で儲けたらしいよ~」
僕は目を見開いた。
「何だって」
ガッツ・コーポレーションといえば、やり手の人材系企業出身の社長が起こした急成長ベンチャーだ。創業から10年足らずでマザーズ上場、一部上場と株式市場の階段を三段飛ばしで駆け上がっていった。
中島は創業当時から社長を手伝い、人事絡みで次々と成果をあげていた結果、30代半ばで取締役に抜擢された経歴を持つ。
創業当時の生活はそれこそブラック企業のそれであったが、今ではIPOで儲けに儲けた上場企業の取締役だ。キャッシュもあれば、ポジションもある。ブラック企業の生む億万長者。
「乗ったもんだね、ビッグウェーブにさ」
「僕なら10分の一でももらえたら嬉しいよ~」
「1000万か。1000万、か……」
ブラック企業の給料2:給料は低くとも、IPOで億万長者
お金のことを考えると、不思議な気分になる。
1000枚の束になると、1万円札にはどんな厚みがあるのだろうか。そして、それを生み出すIPO。僕らがこのブラック企業で頑張りぬくための、希望の光。
いま出ている給料は、月額28万円。一見高いが、残業代がゼロだから、時給換算すると600~790円の間だ。最低賃金分の給料すら出ていない。しかし、IPOにこぎつければ、その我慢は全てバックされる。お釣りも来る。
社長もうまいものだと思う。長時間労働で消耗する僕らに、ちゃんと餌をまいてくれる。IPOで儲ければ、今までの払われてこなかった残業代なんて目じゃない。お釣りがくるほどに金が入るのだ。
「決めた。俺は、できるだけIPOにぶっこむ。10万だ。毎月10万を給料から出して、社内持ち株につぎ込む。それで、目一杯リターンをもらう。せっかくこの会社にいるんだ。チャンスは逃したくない」
「は、10万?毎月払うんだよ~?」
「それくらいしないとこの会社にいる意味はない。絞られた分、全部取り返してやるんだ。IPOまで頑張り抜いて。マゾ彦、これは賭けだよ。こんなブラック企業で働いていて、何もリターンがないなんて嫌だ。最後に儲けて、ブラック企業に勤めたことを正解にするんだ」
砂漠の旅でオアシスの情報を聞きつけた冒険家のように、僕は生気を燃やしていた。金を勝ち取ってやる。それまで頑張り抜くんだ、このブラック企業で。
ブラック企業の給料3:夢は金よりも高いか
僕らはサウナに入って、めちゃくちゃに汗を流してからビルを出た。IPOのことだけ考えていたら、熱気の中でも永遠に我慢できるような気がした。麻薬でもやっているかのようだ。
実際、僕は20分間サウナに耐え続け、その間にマゾ彦はサウナに入るのと水風呂に入るのを2往復した。
それまで頑張り抜くんだ、このブラック企業で。
ブラック企業の給料4:持株会の出資額は満額きっちり
宴会の翌日(メンズサウナから出てわずか4時間後)の朝礼。社長から、改めてIPOの話があった。
IPOについては、下記の引用元を読んでほしい。
IPOとは、Initial Public Offeringの略語で、日本語に直すと「新規公開株」とか、「新規上場株式」となります。具体的には、株を投資家に売り出して、証券取引所に上場し、誰でも株取引ができるようにすることをIPOといいます。
IPOとは?より
「ようやくうちの会社も軌道に乗ってきた。で、昨日も言ったけど、上場ね。3年後の春に上場を目標にして行こうと思う」
おお、と声があがった。地べたをなめるようにして這いつくばって生きてきた創業当時のメンバーから漏れる、感嘆の声だ。
「そこで、俺らは社員持株会を発足する。お前らが働いているこの会社に、自分自身で投資する訳だ。もちろん、投資されるお金は会社が大きくなるための資金として運用される。IPO時の金銭的リターンと、会社の成長というリターン。2種類のリターンが用意されていることを理解しておけ」
会社の成長を自分の成長とせよ。戦後間もなくの起業家がいいそうな、もっともらしく、正しそうな言葉。そんなことは、正直どうでもいい。それより金だ。金がほしい。
「これから持株会の書類を配る。名前とか、ハンコを押す場所とか、色々あるから間違えるなよ」
経理のギャルの姉ちゃんが書類を配っていく。薄いオレンジ色の、複写式の薄いカーボン紙だ。このペラペラな紙に、僕はこの会社に入り、働き続ける意味を込めるのだ。
「そうだ」
社長が立ち止まる。書類にペンを走らせていた社員が一斉に前を向く。
「出資額は、月額最高で10万。でも、お前ら10万くらい引いても生活できるよな。じゃ、そこんとこよろしく」
一部の社員の顔が歪んだように見えた。そんなことは気にせず、社長は自分の机に戻り、週刊少年ジャンプを読み始める。社員はそれぞれ、書類の執筆に戻った。
ブラック企業の給料5:ほぼ無理矢理の全額出資
「しょうきちく~ん」
マゾ彦だった。泣きそうな顔で、僕に近づいてくる。
「10万なんて、俺には無理だよ~」
「そんなこと言われても。節約すればいいじゃん」
「俺の家、家賃8万なんだよ~。手取りからさらに10万ひかれたら、月4万で生活しなきゃならないよ~」
「十分だろ。とりあえずコンビニの飯やめればいいじゃん。明日から自炊だね」
「無理無理~!はい無理~!10分でもあったら顧客フォローのメール出さないと、社長に殺されちゃうよ~」
本人は悩んでいるようだが、間の抜けた声のせいであまり切羽詰ったように聞こえない。もしこいつが「出資額:5万」なんて書類をだそうものなら、確実に1時間は説教だろう。会社のために頑張れないのか?って。
「私は3万にする。10万円なんて、そんなに出せないもーん」
金髪をゆらしてギャル社員が言う。おそらく、ギャルが金を出さなくてもお咎めはないだろう。悩むべきは、僕ら男の方。格差社会だ。
僕はと言うと、迷わずに出資額を10万円にしてサインする。IPOという賭けに全プッシュして、勝ち抜けるのだ。
全員の書類の提出が完了したところで、一部の社員が面談室に呼ばれていく。きっと、10万円きっちり出資できると書けなかった社員だろう。うなだれながら帰ってくる様は、きっと、満額きっちりの10万円に出資額を書き換えられたからに違いない。
転職先はブラック企業第14話はこちら
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