転職先はブラック企業第15話はこちら
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- やりがい搾取1:展示会が始まる
- やりがい搾取2:社員<<<ジャンプ<<<<<風俗
- やりがい搾取3:展示会の営業練習
- やりがい搾取4:女子大生たち
- やりがい搾取5:ゆるふわ営業トレーニング
- やりがい搾取6:戦闘体制確立
- やりがい搾取7:夢ってなんですか?
- やりがい搾取8:ビッグサイトへの道
- やりがい搾取8:客は狩るもの
- やりがい搾取9:競合の怪しい影
- やりがい搾取10:スパイを駆逐せよ
- やりがい搾取11:スパイを駆逐せよ
- やりがい搾取11:名刺の枚数=ヒエラルキー
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やりがい搾取1:展示会が始まる
9月半ばになっても秋の訪れを微塵も感じさせない東京。新宿はハンカチで汗を拭う人々で溢れていた。暑さの何が嫌かって、スーツを着るのが辛いことだ。訪問に行くたびにワイシャツを着替えられたらいいのに、と思う。
僕はTシャツに半ズボンの格好でオフィスの窓から蟻のようにうごめく人の群れをながめている。なぜこんな格好かというと、今日が日曜日だからだ。
ドリームプラン社の騒動では何回か(クライアントの訪問という体で)直行直帰扱いにしてもらい、休日出勤はなかった。しかし、特に用事もないのに休日出勤しないことはこの会社にとって悪なのだ。
なんて言ったって、土曜日に会社を休んだことで「無断欠勤扱い」にされたこともある。その日から、僕は平日を訪問日、土日を通常業務遂行日と決めている。下手に文句を言われないために。
営業力強化の一環で、営業担当でない僕達も営業に参加させられてから久しい。マゾ彦たちもネット回線のテレアポ部隊に入れられているし、ただでさえシビアな雰囲気も、さらに過酷になっている。
「てめえ殺すぞ」
やりがい搾取2:社員<<<ジャンプ<<<<<風俗
ドリームプランの柿沼もやたらと部下を詰める男だったが、あいつは所詮アホである。本当にきつい詰め方をしらない。その点、うちの社長は心得ている。人の心の折れる寸前まで叩きのめして、「辞める」と「続ける」の間で「頑張ります」と宣言させる。
「お前ら本当にクソだな。今日は俺、おっパブ行くから。さんま、来い」
「は、はい……」
社長は気に入らないことがあると、たまに風俗に行く。しかも昼からだ。
僕らはウンウインうなりながら資料作成に追われているが、社長には関係のないことだ。40分4000円、昼のおっパブ革命。どこにも負けない積極的サービスで昼からあの娘があんなことやこんなこと……。
「そうだ、パンフレットを作っとけよ。担当はそうだな、熊本」
「はい!」
「CMSのパンフレットつくっとけ。あとサービス名とかも考えといて。明日の夜まで」
「は……」
「できるでしょ?」
「はい……」
熊本は180cmを超える巨体を持つ。京大のラグビー部出身で、強大な頭脳と体力を併せ持つ。巨体に似合わない精緻な資料作成力を活かしてRのつく大企業で頑張っていたが、社長にスカウトされてこの会社へやってきた。
「じゃあよろしく!」
頼まれたら断れない。熊本の性格も手伝って、基本的に彼は無茶ぶり要因として機能している。ちなみに、1話でパンスト相撲をやらされていたのもこの熊本だ。
「徹夜だな……」
熊本はポツリとつぶやくと、PCに向き合った。すぐさまパワーポイントを開いて作業を始める。
やりがい搾取3:展示会の営業練習
翌日の月曜日。
しっかり休んでリフレッシュしてくるギャル社員たちを除いて、僕らは完全に生気を失っている。
「休み明けなのにそんなキツそうな顔しないでよ。私達まで憂鬱になるから」
そう言うギャルたちに、この苦しみを味あわせてやりたいと思ったが、そう言って面倒になるのも嫌だった。僕は「そっすね」とやり過ごして、やはり死にそうな顔で資料作成をこなしていく。
昼になる頃、社長がオフィスに入ってきた。いつも通りの重役出勤。社員からの「おはようございます!」の声が響き渡る。
「ちょっとお前ら、会議室に集合して。テレアポ部隊はそのままコール続けてて」
僕らは軍隊のように威勢のいい返事で会議室に行進する。僕らに求められているのはゾンビの兵隊なのかもしれない。
死にそうな顔で永遠に働き、どれだけ苦痛を感じでも死ぬことのない不死身のアンデッド。そんなにきついのなら、ニンニクでも十字架でも火葬でもなんでもいいから葬ってくれという感じ。
「で」
社長が僕らを見渡して言う。なんだろう、何か面倒事が起きそうな予感がする。
「うちの会社、展示会に出るから。今売りだしてるCMS、単に営業かけてるだけだったら成果がしょぼいから、カネかけてブース出して取りに行くわ」
出た。また僕らの仕事が増える。
「で、お前らにはコマ集めからやってもらう。インターン生を中心に、ビラ配り要因をバイトで集めろ。日給8000円は出す。そうだな、条件は……」
ニヤリと笑っていう。
「とびきり可愛い子を集めてこい!」
やりがい搾取4:女子大生たち
揺れるミニスカート。はじける生足。ふんわりフレグランス。やっぱり女子大生って素晴らしい。いるだけでパステルカラーになる。
僕らが朝から朝まで働く汗臭いオフィスには、20人近くの女子大生が集まっていた。読モでもやっていそうな子、合コンでモテそうな子ばかり。精鋭だ。全て、展示会のチラシ撒きと勧誘要員として集めたもの。よくもこれだけ集めたものである。
彼女らを集めてやるのは勧誘のトレーニング。展示会に来ている顧客をつかまえて、自分たちのブースに誘導するのだ。ちなみに、勧誘というのは名ばかりで、実態はもはや「BtoBナンパ師」とか「BtoBキャッチ」と言った方が近い。そして、キャッチした顧客を僕ら社員と商談させて、訪問につなげるというやり方。
「いいか、話を聞いてもらおうとか思うなよ。そんなんだったら社内でテレアポでもしてたほうがマシだからな。うちは高い金を出して出展してるんだ。俺がやってみるから、さんま、こっちに歩いてこい」
社長がシミュレーションしてみる。顧客役のさんまがこちらに歩いてくるのだが、社長は前方に回り込んで歩みを止めさせる。まるでサッカーでドリブルをはばむディフェンダーのよう。
「はい!お忙しい中すみません!!今ちょうど、Webの最新情報をご提供させてもらっていまして!!CMSサービスの説明なんですが、2,3分で終わりますからぜひお願いします!!ちょっとで大丈夫ですから!!」
勢いで自分のペースに持っていく。眼はさんまを捉えて離さない。あまりの迫力に足を止め、苦笑するしかないさんま。そのまま社長に引き連れられてくる。
「こんな感じだ。体で止めろ。進路妨害するくらいの気持ちでいけ」
キャッチだと言った意味がわかっただろうか。
女子大生たちは迫力におされ、やや顔がひきつっている。頑張れ、女子大生たち。うちの日給8000円は安くないぞ。
やりがい搾取5:ゆるふわ営業トレーニング
基本的に、展示会に来る客の半分以上は本気で良いサービスを探そうなんてモチベーションで来ていない。興味本位とか挨拶回りだ。そういうやつを根こそぎ捕まえていかなくては、展示会に出展しても空振りで終わるだけだ。だから、本気で狩りにいかなくてはならない。
「客は逃げるぞ。本気で逃げてくるからな。だから、お前らも全力で追うんだ。いいか」
「はい!」
そこから、社員が顧客役、女子大生がキャッチ役として立ち回りの練習になった。
「こんにちは~!私、Webマーケティングの……あ~!待って~!」
容赦なく逃げ回る社員に、翻弄される女子大生。傍から見ていると非常に愉快だ。ブラック企業生活の中で、数少ないボーナスゲーム。
「じゃあ、僕らの番だから、お願いしますね」
「はい!フェリス女子大の宮崎です!よろしくお願いします」
僕の番。眼の前の女の子はフェリスから来ているという、ゆるふわ系の女の子。マシュマロが主食です、いつもうさぎさん抱いて眠ってます。好きなキャラクターはマイメロです。そんなイメージだ。
眼を合わせると、こちらににっこり笑いかけてくれる。一瞬でサザンオールスターズの世界だ。見つめ合うとー、素直にー、おしゃべりー、できーなーい。
性格の悪い僕は、逃げる役なのを良い事に、かなりの早足で振り切るように進んでいく。
「あの~、すみませ~ん!Webマーケティングの最新の情報提供をしたいのですが~!」
追いつく術もなく、僕の後をチラシを片手に追いかける宮崎。追いかけっこじゃないか。なんだこれは。ものすごく楽しいぞ。
「本番だと、本当に早歩きで振り切られてしまうこともあるからね。進行方向をよく見て、顔を見て話しかけると止めやすいかもしれないね」
「こうですか~?」
にっこり。やばい、これは、天国だ。
「そ、そうだね。そんな感じ!とても雰囲気いいと思うよ!」
「やった~!しょうきちさんもう一度いいですか?」
よ~し、おじさん頑張っちゃうぞ~。
幸福なトレーニングは続く。
やりがい搾取6:戦闘体制確立
毎週1回のトレーニングで、女子大生は見事なキャッチに進化しつつあった。
「あーっ、ごめんなさーい!ちょっといいですかー!?」
ぶつかるかぶつからないかの絶妙なタイミングで相手の進路をふさぎ、思考を奪う。かわいい女の子が飛び出してきたら、誰だって立ち止まるだろ。そのままにっこりと笑いながら、「ぜひどうですか?」と席をすすめる。
座ったら最期、熱烈な営業攻撃でアポまで持っていかれるのだ。可憐な女子大生たちは、いつの間にか蟻地獄式に客をからめとる技を習得していた。
女子大生たちの成長に社長もご満悦だ。何人かはそのまま新卒でスカウトしたいとも言っている。京大出身の巨漢、熊本が作り上げたデータは、ギャルデザイナーの腕によってきれいな三つ折りのパンフレットに進化した。
着々と準備は進んでいる。
「しょうきちさ~ん!もう一度お願いしま~す!」
はいはい、わかったわかった。仕方がないなあ。
ふと部屋の隅を見ると、マゾ彦がテレアポをしながらこちらを羨ましそうにみていた。すまんな、マゾ彦。これが役得というものだ。お前にはやるべき仕事があるだろう。目の前の仕事に真剣に取り組むのがビジネスマンというものなのだよ。
やりがい搾取7:夢ってなんですか?
お疲れ様です。そういって、宮崎が僕にモンスターエナジーの缶を持ってきてくれた。社長が差し入れしてくれたものだ。アメリカ産の、日本じゃ売っていない特大サイズ。3本飲んだらカフェイン中毒で即死だ。怖い差し入れだこと。
「ありがとう。宮崎さんもよくがんばったね」
「いえ!それよりみなさん、仕事に真剣に取り組んでいて、すごいですね!」
「そ、そうか……まあね。毎日大変だけれど」
「やっぱり、夢ってあるんですか」
ぐさりと胸を突かれたような気がした。
そうだね、色々、あるよ。いろいろね。つぶやくように返す。夢なんて、夢なんて、この過重労働の毎日で探せるものか。「大学生には難しくてわからないよ」と言わんばかりに、急に扉をとざす自分。
「そうなんですね!さすがだなあ」
「まだきちんと固まっていないけどね」
情けないと思った。この会社がブラック企業だから、この事業部が忙しいから、この仕事が炎上しているから。いくらでも言い訳はできる。しかし、自分で入ったこの会社で、何も希望もなく、ミキサーですりつぶすように毎日を消費している。
夢も、やりたいことも、忙しさの中では無味乾燥な妄言でしかない。忙しさを乗り越えた先に夢があるのかもしれない。でも、この地獄のような日々を乗り越えるだなんて僕らにできるのだろうか。
この会社の持株会でできるだけ金をつかみ、辞めてから何かやりたい。
というか、辞めたい。僕のモチベーションはこれに尽きる。もはやこの会社を大きくすることに、意欲を燃やすことはできない。こんなことを正直に言ったら、きっと、彼女は僕を見下すだろう。
この人、どうしようもないな、って。
「あ、そうだ、宮崎さんはないの。夢とか」
「え~、夢かあ~。私こそ、そんなに立派じゃないですけど。今、学生団体で、女性の働き方について啓蒙する活動をやっているんです。いろんな社長さんに公演してもらったり。今そうやって、コネクションを増やしていって、将来はNPOとか設立してみたいなって思っていて」
驚いた。いきなり真面目なことを言うものだ。この子もきっと、もがいているのだろう。
「でも、どうやっていけばもっとうちの活動にファンをふやしていけるかどうかがわからなくて。今回も、営業活動の一環に関われるって聞いたから、応募してみたんです。営業って、自分のファンを増やしていくことって聞いたことがあるから」
「そもそも、何で女性の働き方について啓蒙しているの。別にそうしなくても、世の中の女性は勝手に働くし、社長になるような人はどんどん成長して稼いでいって独立すると思うよ」
「そうですね……」
宮崎はまっすぐ前を見て言う。
「私が自分自身の働き方について、知りたいと思っているからかもしれないです。女性って色々制限があって、こう働かなきゃいけない、こうしないと女性じゃない、みたいな縛りがあるから。そんな世の中でもきちんと認められる、働き方の正解を見つけたいんです」
「働き方の正解、ね」
働き方の正解。そんなものがあったら教えてもらいたいものだ。納得出来ないまま働いている今の時間を意味あるものにするために。
「もし、働き方に、普遍的な正解があるのだとしたら」
もしあるとしたら、僕は聞いてみたいと思った。
やりがい搾取8:ビッグサイトへの道
「準備はいいか。出発だ」
時間は朝の7時15分。テレアポ部隊のマゾ彦たち(もちろん徹夜)に見送られ、東京ビッグサイトへ出発する。
圧倒的な倦怠感だ。ビッグサイトの出展期間は3日間。その間はアポはできないので、クライアントへの資料提出は先に済ませなくてはならない。
1週間分の資料提出を一気に済ませてきた結果。朝5時には、ソファ、床、さらには机の上に寝そべり、いびきをかきはじめる社員が続出した。
なぜか、うちのオフィスにはこたつが設置してある。理由はご想像の通り、朝まで働き通しの社員が眠るためである。当然、こんな切羽詰まった時期のこたつは大人気だ。
ちなみに、こたつ1番乗りを男性社員がとると僕らも入りやすいのだが、女性社員がとったら僕らは横から入り込むことができない。仕方なく、硬い床にヨガマットを敷いて居心地の悪い仮眠をとるしかないのだ。
そんなギリギリの朝をこえて、僕らは電車に乗り込んで進んでいく。新木場を過ぎたあたりから、スーツケースを転がすビジネスマンや、大荷物のOLが増えてくる。僕らと同じように、ビッグサイトへ向かうのだ。
国際展示場前につくと、周りは完全に僕らの同業他社。早足で各々のブースに向かっているのだ。会場につくまでの長い長い道のりを、僕らは営業トークを反芻しながら進む。国際展示場のばかでかいオブジェに感嘆する暇もない。
ブースについたら、手早くセッティングを済ませていく。パンフレット、会社の資料をロゴ付きの紙袋に入れてセットにしていく。このときのために用意した、CMSサービスのステッカーも忘れてはいけない(PCに貼ってもらおうと生産したものだが、果たしてそんなことをしてくれる優しいクライアントがいるのだろうか)。
「こんにちは~♪」
見ると、女子大生チームがやってきた。20人の美人女子大生が加わると、雰囲気は一気に変わる。静電気がからみついてくるような緊張が少しほぐれた気がした。
「もうすぐ時間だ。お前ら、本気でやれよ」
「そうだ、円陣でも組もうか。3日間の長丁場だから、気合入れていこう」
「ういっす」
「めざせアポ200件、行くぞー!!」
声量だけがでかい返事がかえってくる。他のブースでも同じように、やたらと声を張り上げるところがある。どこも決まってベンチャー企業だ。気合と高い目標が大好きな、前のめりな新興企業たち。
そのとき、アナウンスが流れた。
えー、只今を持ちまして、ウェブマーケティングEXPOの開催を致します。どうぞご入場ください。
やりがい搾取8:客は狩るもの
午前中は客数が少ないから、比較的まったりとしながら会場をウロウロできる……はずだった。
「お前ら、暇を持て余してるんじゃねえぞ。そこ、暇だったら客をナンパしてこい」
「えっ、他社のブースの前で勧誘していたら怒られるんじゃ……」
「そこはうまくやれよ。第一、うちと他の会社の境界として、線でも引いてあんのか?」
「いえ……」
「じゃあ行けよ。とっとと行け」
獲物を探すスズメバチのように飛び去っていく社員たち。社長は当然ピリピリとしている。
「今回の展示会は250万かかってるんだ。もしアポとれそうでとれない案件があれば、俺を使え。ねじ込んでやる」
恐ろしいオーダー。
午後になると、一気に客数が増えだした。瞬く間にブースのテーブルは埋まっていった。
女子大生部隊の活躍は上々で、すり抜けようとする客の足止めに成功している。彼女らが足を止めているところに社員が滑り込み、ぜひこちらへ!とテーブルへ誘導させる。立ち止まっている客を誘導するのは容易い。
13時に差し掛かる頃、副社長の青井が大量のパンを差し入れてくれた。ありがたい。ブースの裏で、2分で頬張る。かき入れ時に5分も休んでいたら、社長に怒鳴られるからだ。
しかし、こうも商談ばかりしていると、頭の中がパンクしそうになる。商談中は覚えたばかりの新商品の説明で頭はフル回転。ヒアリングしているときも、どうやって懐に入り込もうかと神経を尖らせて話をきかねばならない。
レポートを作成しているほうがまだ楽だ。疲労がわかりやすくたまってくる。脳内が焦げ付くようだ。
そのとき。インターンの小宮が走ってきた。
「すみません。商談中以外の社員の方は、ブース裏に待機、とのことです。しょうきちさんはこのままで大丈夫です」
小宮は早口でそれだけ言うと、他の社員にも伝えに行くのだろう、ブースの端までかけていった。何があったのだろう。そのまま待っていると、社長が眉間にしわを寄せながらやってきた。
「スパイが入り込んでいるぞ」
やりがい搾取9:競合の怪しい影
「名刺を出さずに話とパンフレットだけ持ち帰るやつがいる。ものすごく熱意のあるように話をしてくるんだが、訪問日の話になると用事があるとかなんとかですぐに帰っていく。きっとスパイだ。競合だ」
社長が言う。なるほど。おなじようなサービスを扱っている会社がうちの話を聞きに来るのか。ありえる話だった。
「次からは、そういうやつには絶対にパンフレットだけ渡すなよ。印刷費も金がかかってるんだ。うちがベンチャーだということを忘れるな。こそ泥と話している時間はない」
お決まりのお金の話をして社長は去っていった。
よく見ると、僕らの勧誘をすり抜ける大多数の客の中に、一部、パンフレットをもらいたがる客がいることがわかった。サービスについてやたらと質問をしてくる。しかし、自分たちの身分は明かさない。聞いてもはぐらかしてくる(名刺はなくしたとか、忘れたとか言ってくる)。スパイ担当は若手が多い傾向にあるようだ。きっと、勉強がてら他社の見回りでも指示されてきたのだろう。
インターンはスパイみたいなやつがいたら、あとをつけておけ、と社長の指示。粘着質なスパイがパンフレットをもって引き上げるのをねらって、気づかれないようについていく。
やりがい搾取10:スパイを駆逐せよ
何回かやっていると、いくつかパターンが見えてきた。うちのサービスをしつこく聞いてくるのは3パターンあった。
まずはWEBコンサル系の企業。このタイプは、クライアントに施策は提案するが、手は動かさない。手を動かす部分は外注するようなスタンスだ。もしかしたらうちに注文をくれるかもしれないから、一概に敵視できない。
次に、SEOのサービス特化型企業。SEOはうちのようなCMSサービスと通じるところがある。うちのサービスを使ってくれればいいのだが。
最後に、完全にド競合となるCMS販売の企業。こいつらはシンプルに、競合調査の目的でうちに来るだけ。相手をする時間は1秒でも無駄になる。
「コンサルのやつらとSEOのやつらは無碍にはできないから、3分くらい自己紹介したらさっさと帰せ。CMSの競合は名刺だけ渡してさようならだな。何かあったらメールしてくださいとでも言って追い出せばいい。余計なやつに時間を使う必要はねえからな」
相次いだ当社に対するスパイ行為ではあるが、社長によるスパイ返し(やたらとサービスを根掘り葉掘り聞きまくるという嫌がらせ)のおかげで急速になくなった。
ちなみに、客からのオーダーは「だいたいできます」で済ませろと言うのがうちのスタイル。これがすごい。
「例えば、CMS上で画像編集もできたりするの?」
「あ、えーと……はい、でき……ます!」
「すごいね!それじゃあかなり便利だね!ちなみにSEOの順位を測るツールも入れようかなって思ってたんだけど、そういう効果測定昨日はないよね?」
「うーん、あ、えーと、あります!」
「本当!すごいね!ちなみにうち京都なんだけど、アポ来てくれたりするの?」
「あー、はいー、はい、大丈夫です!」
明らかにそんなこと出来ないツールなのだが、社長命令なのだから仕方がない。こうして無理やり取ったアポは数知れず。
多分、他の社員も同様に、うちのサービスをわけのわからないまま売っているのだろう。
「いいんだよ、なんとでも言っておけば!そのうちつけるんだからさ!」とは社長の言葉。サー、イエッサー。社長の命令は絶対でございます。
ちなみに、このセリフを一緒に聞いているエンジニアたちはノロウイルスに冒されたかのようなヤバ顔だった。
当然だろう。既存のサービスのいいとこどりをこれでもかというくらいに組み合わせた魔改造システム。こんなものを作らされるんだ。たまったものではない。
僕がこのシステムに名付けるなら「キメラ」にすると思う。もしくは「もんじゃ焼き」。「闇鍋」や「ごった煮」でもいいかも。
駅にあるフルーツジュースサーバーの店を思い出してほしい。スペシャルミックスドリンク、これ一つで必要な栄養素は全て摂取できます。口で言うのは容易いが、高度に発達した輸入網を使ってさえ、その単価はべらぼうに高い。きっとどこかにしわ寄せが行くものなのだ。
そんなこんなで展示会の1日目が終わる。ちなみに僕らのブースは出展している1200社の内、商談回数が第2位。
この結果に社長もご満悦だ。
しかし、これだけ商談を繰り返すと、脳細胞が死んでいくような錯覚を覚える。ブラック企業社員の切れそうな毎日。
やりがい搾取11:スパイを駆逐せよ
怒涛の展示会は終わり、女性社員の肌と男性社員の精神はボロ雑巾のようにズタズタだ。
それでも、わが社長はご機嫌だった。運営側から2日間の通しで「会場内商談数第一位」という知らせを受けたからだ。
「さすが、うちの勢いだよね。マジで。スパイを送り込んでくるようなクソ企業は俺らを見習えよな」
と、社長。恐ろしい。
吉野家もびっくりのブース回転率と、通勤ラッシュの埼京線もびっくりの繁盛ぶりと、ボロボロの僕らを見てもねぎらいの一言もない社長。
やりがい搾取11:名刺の枚数=ヒエラルキー
展示会は終わった。しかし、僕らの業務はまだまだ続く。新宿のオフィスに帰社し、獲得した名刺を精査して翌日以降のアポにつなげなければならない。
僕らの会社では、営業案件を「ヨミ」と「ネタ」で考える。
「ヨミ」は成果に繋げられそうだと読んでいる案件のこと。その一方で、「ネタ」はヨミがないときにすがりつくネタ案件のこと。ヨミは本命、ネタはワンチャンあるかも、と言った感じ。
僕らは朦朧とする意識のまま、必死に名刺をめくり、商談時のメモと照らし合わせながらヨミとネタに仕分ける。朝7時に会社に集合して、今は22時。なんだ、まだ22時か。
その後はチラシ配りのインターンも含めて会議だ。どんな人間が食いついたか。どんなトークで釣れたか。ヨミの案件が少ない人間は、その場でボロクソに言われる。インターンの大学生の前でクズだの死ねだの言われるのはなかなかにこたえるものだ。
僕はまさに、今回の展示会で成果が出せなかったので、それはもうひどく罵られた。
「てめえ、マジなめてんの?インターンよりも集客してねえじゃん。何なの?今度から社内で全部の電話取りと全部の事務作業やるか?」
いえ、すいません。すいません。そうではありません。
やる気はあります。すいません。申し訳ございません。
ひたすらに謝り通す僕を社内全員の目が見ている。気が遠くなりそうだ。
「もういいや。お前ら、風俗行くぞ」
社長はそう言い残し、歌舞伎町へと消えていく。 残った僕は、パソコンをにらみ続ける。そうするしかない。誰かと話す気にもなれない。
時間は25時。僕はメールボックスを開き、クライアントからの催促のメールを眺めながらコーヒーをすすった。
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