「お父さん。私、付き合っている人がいるの」
「うおおおおおおおおん!!!!」
私は食べていたオムライスを勢い良く吹き出すとともに、皿をおもむろに手にしてフリスビーのように投げ始めた。皿は本棚や犬のラッキーに当たってぶち割れたが知ったことではない。
娘。私の娘だ。小さな頃から近づいてくる男どもを、着ていたワイシャツをぶち破いてポパイのように威嚇してきた。良からぬことを企む男どもから娘を守るため、女子中・女子高に通わせてきた。高い授業料も、娘のためなら苦ではなかった。それなのに、なぜだ。なぜ男なんて。
正直に言おう。私は娘と結婚すると決めていた。しかし、それは叶わぬ夢なので、とりあえず犬のラッキーと結婚させようと思っていた。
犬と結婚している娘なら、近づいてくる男どもも「あ、犬と結婚しているのか……ちょっと嫌だな」と、麗しき娘に飛びついてくる悪い虫を追い払うことができる。
例え、「事務所の都合」「音楽性の違い」などで、後にラッキーと離婚してしまったとしても「初婚の相手が犬か……ちょっと嫌だな」と、戸籍上フリーになった娘に飛びついてくる悪い虫を追い払うことができる。
しかし、それでも、すり抜けてきたのだ。奴は。私の娘を掠め取った奴は。私が娘を守る術を完成させる前に、すり抜けてきたのだ。
「誰だ!一体誰なのだ!娘!お前と付き合っているとかいう輩は!一体誰なのだ!」
「ええ、お父さん。紹介するわ。こちらが東大法学部出身の天才蔵(てんさい・ぞう)さんよ」
――シュンッ。
あっ、縮んだ。
私のおいなりさんが縮んだ音がした。
「東大……?あの、東大か。東オホーツク筋肉大学の略ではなくて、東京大学のことか。真(まこと)の東大か」
「ええ、お父さん。真(まこと)の東大出身よ。」
え、怖っ。東大、怖っ。頭良すぎて何考えてるかわからないやつじゃん。きっと海を見ながら波の高さとか物理的に算出する遊びを小学生から楽しんでいたんだろうなあ。そんなことのできない私を見ながら、頭悪そうとか思うんだろうなあ。
脳細胞を働かせていない人間は死んでいるのも同然とかいって、法律の目をかいくぐって、犯罪にならない頭脳派的なすごい方法で私を追い詰めてくるんだ。きっと、横目でにらみつけながら科学的に根拠のある唾とか飛ばしてくるんだよ。怖っ。
「お父さん、天才蔵さんは、実はそちらにお見えなの。呼んでくるわ」
「失礼します。筑波大学附属駒場高校出身、東京大学法学部現役合格でお馴染みの天才蔵と申します」
――シュンシュンッ。
ああっ、また縮んだっ。嫌だっ。死にたくないっ。すごそうな高校の名前だけど何なのっ。筑波大学附属なら筑波にいけばいいじゃないっ。そもそも、筑波なのか駒場なのかどっちかにしてよっ。
「ほらお父さん、自己紹介をお願いします」
「父だっ!娘の父だっ!」
「ありがとうございます。東大現役合格者的に自己紹介させていただきます。天からもたらされし才能、蔵に貯めても溢れんばかりに候。頭をとって天才蔵です。趣味は乗馬とかライフル射撃とかハイソサエティ的なことです。どうぞ宜しくお願いします」
嗚呼っ。頭良すぎる感じがしてすごい怖いっ。
「お父さん。ご飯の途中でしょう。才蔵さんにもご飯を食べていってもらうのはどうかしら」
「東大現役合格者的には、ぜひ頂きたいところです」
そんな。もう私はお腹いっぱいだよ。こんな頭の良さそうなやつと一緒に飯なんて食べていたら脳細胞がメガドレインされてもらったダメージの半分がやつのIQとして吸収されてしまうよ。
「ほら、今日はオムライスでしょ。一緒に食べましょう」
「東大現役合格者的に、ケチャップを失礼します」
見ると、天才蔵は、あろうことか、私の、オムライスに、ケチャップを、ケチャップ、を、チャップチャプ、チャップチャプと、かけて、くれ、た、では、ないか。ケチャップチャプチャプ、ケチャップチャプチャプ、ケチャップチャプチャプ、ケチャップチャプチャプ。
うそ。あれ、こいつ、いいやつじゃないか。なんでこんなにいいやつなんだ。こんなにサービスしてくれるなんて。私は見た目と学歴で人を判断しすぎていたのかもしれない。
「おお、ありがとう。きみ、名前をなんと言ったかね」
「はい。東大現役合格者的にふたたび自己紹介させていただきます。天からもたらされし才能、蔵に貯めても溢れんばかりに候。頭をとって天才蔵です。趣味はチェスとかプライベートジェットとかハイソサエティ的なことです。どうぞ宜しくお願いします」
頭の良さがにじみ出てくるようなこの自己紹介も、聞けば心地の良いものではないか。オルゴールにでもして永遠に聞き続けたいと思うほどだ。私はなんて愚かな思い込みをしていたのだろう。
「天才蔵さん。娘を、よろしく頼む……」
――それから2年の時がたった。
そこにはウェディングドレスに身を包んだ娘と、タキシードを着こなした天才蔵さんが立っている。
「娘、とてもきれいだよ」
「お父さん。お世話になりました。」
「天才蔵さんも、とても立派だよ。私の娘の相手にふさわしい」
「ありがとうございます。東大現役合格者的に言うと、少し緊張しています」
「大丈夫だ。君は天才なのだからな!はっはっは!」
ちなみに天才蔵さんと結婚すると、私の娘の名は「天才娘(てんさいむすめ)」となるのだが、極めて知的でいい名前だと思っている。
「行って来い、ふたりとも。見守っているぞ」
「はい、行ってきます」
――披露宴の最中。花婿のスピーチで、天才蔵は娘の父の方を向いていった。
「お父さん、僕の学歴とか、実は全部ウソです」
「うおおおおおおおおん!!!!」
私は食べていたローストビーフを勢い良く吹き出すとともに、皿をおもむろに手にしてフリスビーのように投げ始めた。
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