【体験談】転職先はブラック企業

転職先はブラック企業第28話「ピラニアに餌やり」

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ピラニアの群れ

「こんなの詐欺同然。死んだほうがいいね」

「あ、ツイート消したね。魚拓取ってるから意味ないけど」

「ふざけてる。世間なめすぎ」

「よくこんな社員を採用しようと思ったね」

「すぐに会社辞めろ!!」

辛辣な言葉が果てしなく並ぶ。つい最近、ネット上でボコボコに叩かれた企業の採用向けツイッターアカウントだ。話題になった理由は「コネ採用」。習慣的にグレーな血縁採用があることを暴露し、「コネがないなら弱者同然。受かりたいならそれなりの血縁はないとダメ。縁も実力のうち」と発言。さらに、これに反応した就活生のアカウントに対して「大企業に受かるなら、常識がなければダメ」と突き放した。

これに反応したのは、前に座る男、本村だ。小宮の友人で、10万以上のフォロワーを持つ有名なツイッタラー。炎上ネタをみつけては、そこに油を注いで大爆発を起こすのだ。混沌とするWebの中で、彼らの役割は自警団なのか、はたまた放火魔なのか。

「すごいな。こんなになるのか」

「はい。一回俺がつるしあげると、周りのフォロワーが一斉に襲いかかります。炎上大好きなやつらだから、後はもうサンドバッグみたいにボコボコになっちゃいますね。この採用アカウントの携帯は返信の通知で、1日重鳴り止まないはずです」

全く表情を変えない男。さっきカフェの中に入ってから、ずっと目線はノートパソコンの画面から動かない。話している間でも、指はキーボード上をすべるように動く。

「もともとグレーな部分に切り込むことで人気のアカウントでした。それで、天狗になって自分のポジションからはみ出て生意気なことを言っちゃったんです。幼稚ですね」

Webの世界は怖い。持ち上げられるのも突き落とされるのも一瞬だ。他のやつらよりも変わったことを言えば注目されるのは変わらない。しかし、注目されたことで自分を有名人とか有力者だと勘違いするやつもいる。本村は、そういう奴らを腹をすかせたピラニアみたいに探している。無表情だが、こいつの内面は血に飢えているのかもしれない。

小声で小宮に耳打ちする。

「小宮くん、こいつ、いきなりナイフとかで刺してきたりしないよな。むかつくこと言うと、いきなりズブってやってきたりとか」

「大丈夫です。一応そういう姿は見たことないですね……。ちょっと変わったやつですけど、直接攻撃したりはしないです。確かに思想は過激かも」

「ああ、間違いないね」

本題に入ろう。ピラニアに餌を与えてやるのだ。

餌まき

「本村くん。ドリームプランって会社知ってる?」

「知ってますよ。サプリを主力事業としている会社ですね。目をつけていました。返品になかなか応じなかったり、Webの説明と違うものを送りつけてきたり。あまり良い評判は聞かないですね」

驚いた。会社の名前を知っているだけでなく、クレーム内容まで知っているとは。

「やばそうな会社って、ネットの掲示板に、ちょこちょこ名前が出ているんです。だから、燃やす前に目をつけておくことができるんですね。で、変なことをしたときに、いち早く火をつけてやる、と」

表情は変わらないように見えたが、目の中の光が少しだけ鋭くなったように見える。やはり、こいつはピラニアのヘッドだ。獲物を襲う時、きっと、目がマジになる。

「話が早いね。ドリームプランのネタを手に入れたんだ」

本村の手が止まる。

「聞いています。続けてください」

「こちらからの情報は2つ。まずは医学的根拠のないサプリ記事の掲載。次に、インターンの無給労働」

僕の喋る内容を追いかけるように、猛烈な速さでキーボードを叩く。

「しかも、成果を出せないインターンには、肉体労働やガールズバーに派遣してタダ働きさせている。損失を出した賠償みたいにね」

「それ。傑作です。労働問題系の問題は時代に合っています。ブラック企業大賞というものもできていますから、世の中のバッシングは大きいでしょう。僕らにも、大義名分はあります」

「そうだろうね。どうかな、何かほしい素材はある?根拠のないWebページについては全てリストアップしてきたよ」

小宮の作ってきてくれたリストだ。問題のページのURLと根拠に乏しそうな箇所にチェックが入っている。

「さすが小宮。いい仕事だね。相変わらず細かいな」

すぐさまページを検索し、問題の箇所をなぞるように見ている。目が大きく見開かれ、前のめりになった。獲物をどこから食おうと狙っているのだ。

「あとはインターンの方なんだけれど、最後の一手がわからないんだよね。本村くん、何かいい方法あるかな」

本村は少し考えていった。

「そうですね。いきなりインターン生を登場させてもセンセーショナルすぎるし、もう少し情報に客観性がほしいですね。ブラック企業を攻撃しているアカウントで、ブラック企業ブレイカーズというのがあります。確か運営元が弁護士だったのかな。そこに聞いてみます」

またもや猛烈なタイピング。今までの流れをまとめてブラック企業ブレイカーズのアカウントにメッセージを送ったようだ。2分もかからない。

「多分もうすぐ来ますよ。できる人はレスが早いから」

言い終わる前に、メッセージの着信音。

「OK。協力してくれるそうです。ブレイカーズは非営利だから、金銭的なことは心配しないでください。僕は燃やすのが好きなだけですが、彼らはちゃんと志高くやっているから。名前は財前さん。しょうきちさんの名刺のアドレスに情報送りました」

「助かるよ」

「財前さん、ちょうど今日の夜と明日、空いているみたいですよ。よかったらアポどうですか」

もう一匹のピラニア

できるやつは話が早い。僕は恐ろしく切れるピラニアと別れて、電話をかけた。

「はい、佐藤です」

「もしもし、佐藤綾さんですか。しょうきちです。A社の」

「あ、どうも!お世話になっています!」

相変わらず元気のいい声。

「今日の夜か明日って時間あるかな。ちょっと会わせたい人がいるんだ」

「え、どうしてですか。合わせたい人って誰?」

「インターンを辞める方法が見つかったんだ。その協力者と会ってもらいたくて」

「でも、簡単にはやめられないです。その、脅されてますから……下手なことはできないんです」

「それなら大丈夫。ほぼ間違いなく、うまくやってくれる人だよ」

「どんな人ですか」

「ええとね、弁護士」

「えっ!」

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