【体験談】転職先はブラック企業

転職先はブラック企業第5話 「ブラック企業のオフィス移転」

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企業が成長!オフィス移転だ!

発行した酢味噌のような匂いを漂わせながら、僕は激務の日々を過ごしていた中、社長から重大発表があるとのことで、午前2時に会議室に呼び出された。

「オフィス移転するぞ!新しいオフィスだ!高層ビルだ!」
社員は湧き上がった。
会社がステップアップする。大きくなる。
オフィス移転は会社の脱皮である。青虫が脱皮して蝶になるように、それは会社の発展と拡大を意味する。幾多の徹夜の努力が形になるということだ。
「ただし、今回の移転で会社のオフィス代は今までの3倍になる。お前ら死ぬ気で働けよ」
この一言で、今までは21時ごろに帰れていた経理の姉ちゃんも、徹夜組に入ることとなった。

ブラック企業のオフィス移転1:当日の災い

移転するということは、つまりは引っ越しである。辛いのは、日々の業務が全く変わらないにもかかわらず、整理整頓、ゴミ出しといった作業が増えることである。
そんな中、僕は移転当日にクレームを食らった。
例によって、ウェブサイト制作の中のごたごたが原因である。
粘着質な対応をしてくるクライアントに対して、ダンボールを抱えながら対応した。深夜まで仕事だ。

ブラック企業のオフィス移転1:オフィス移転とは「希望」だ

旧オフィスから新オフィスまでは歩いて20分程度で、僕たちは業務を中断してぞろぞろと歩いていった。くまのできた目ではあったが、表情は皆、どこか明るい。
それもそのはず、自分たちが頑張ってきたことで、会社が拡大することを物理的に認識できるからだ。正直、今までのビルはしょぼかった。テナントもよくわからない会社ばかりだった。それが、今はCMをよくやっているような大企業とお隣さんとなって仕事をするのだ。
単純なもので、オフィス移転の興奮で、社員の士気は爆上がりしていた。移転時の下見の時は、社員全員で新オフィス予定フロアで鬼ごっこをした。はしゃぎ過ぎて下のテナントから苦情が入ったほどだ。
移転当日となると、もはやその様子は「熱狂」としか言えなかった。美しい、変な匂いのしないカーペット。窓からは東京の夜景が見渡すことができ、自販機は自社のロゴがプリントされている。もちろんレッドブルもモンスターエナジーも完備だ。
エントランスには、会社のロゴとオブジェがたち、誇らしげに僕らを見つめる。何もかもは新しく、大きく、骨太で、正しかった。そう思えた。それだけの熱狂的興奮をもたらす何かが新しいオフィスにはあった。

ブラック企業のオフィス移転2:絶望!新しいオフィスには「宿泊」ができない!?

さて、オフィス移転をして、いくつか変化があったので紹介したい。
・大企業もテナントに入る、きらびやかな財閥系ビルに移転
・玄関は大理石で歩くとこつこつ鳴る綺麗な床
・警備員常駐
・清掃員によるオフィス清掃サービス付き
こうして、僕らの生活は一変した。
……表面上では。
本質的にはブラック企業そのもので、全く変化がなかった。
その証拠に、最も騒ぎになったのは「ビルに泊まれない」という規約があることだった。
警備員が常駐しているから、ビルに泊まるとすぐにバレるのである。
移転時の誓約書には、何度も規約違反があると立ち退き令が出るという。
基本的に社員の半数は確実に泊まっているため、これはどうしたものかと物議になった。
当時の僕らといえば、「会社の泊まりが前提」だったからだ。
しかし、結論は簡単だった。
泊まるという行為を「どこかに宿泊して眠る」という意味とするならば、
ただただ働いて、寝なければ良いのだ。
寝なければ「泊まる」という行為に値しない。この暴論によって、新ビル宿泊不可騒動は簡単に自己解決した。
ちなみに、清掃サービスは大変ありがたかったが、毎日朝6時に掃除に来る清掃員さんが、明け方まで働いている会社の社員を見かけたときの反応はなかなか見ものであった。
ドアを開けた途端に倒れている社員を見て「ウワア!」と叫ぶ者、「大変ですね……」と哀れみの目を向ける者、異様さを感じ、明らかに早く出ようと異常なテキパキ具合を見せながら素早く退散する者。
多種多様であったが、おそらく全員が「この会社はヤバい」と思ってくれたことだろう。

ブラック企業のオフィス移転3:ブラック企業たる所以!オフィス移転の犠牲

社長はオフィス移転の最たる目的を「採用ブランディング強化」といった。すごい会社にはおしゃれなオフィスが似合う。おしゃれなオフィスには優秀な人材を引き寄せる力がある。
簡単に言えばそういうことだ。そのために、膨大なデザイン費用やオフィス家賃が支払われる。
しかし、言わずもがなではあるが、従業員の残業代は支払われない。ボーナスもない。月500時間働いても、全く支払われないのだ。
もはや、この残業代未払い問題については、僕は怒ることを忘れていた。当たり前になりすぎていた。だから、気にしないことにした。
この士気の高まっている雰囲気の中で、残業代のことなんて聞こうものなら、きっと村八分になる。
ああ、僕はこうやってブラック企業に牙をぬかれていくのか。社畜になっていくのか。抵抗する理由を失って、従順で使いやすい奴隷になっていく。

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